藤本 肇

(漢方ジャーナリスト) 健康雑誌・書籍などを中心にフリーライターとして活動し、 特に中国の漢方(中医学)事情に詳しい。編集制作会社 「プラスワン」代表

【第28回】

腎虚の進行は“心”に影響
補腎薬には「天王補心丹」

 「最近、めっきりモノ忘れがひどくなってねえ」人生も折り返し点を過ぎた中年サラリーマンにとって、こんなボヤキは1度ならず経験があるはずです。
 人は20代を過ぎると、中枢神経の活動は、既に下降曲線をたどりはじめています。それが、はっきりしたモノ忘れの症状として自覚されないのは、脳細胞にまだまだ余力があるからです。しかし、それも40代にさしかかると、そろそろ限界点。老化防止の対策が必要になってきます。
 中国漢方の文献を見ていると、“延緩衰老”という言葉によく出合います。老化は、歳(とし)を重ねるごとに現れてくる生理的変化で、この進行にストップをかけることはできません。ただし、その進行を延緩(スローダウン)させる努力は、昔も今もあるということです。
 一般的に、中国漢方では老化を腎(じん)の衰え(腎虚)としてとらえ、老化防止の対策には補腎薬を用います。今回紹介する補腎薬は「天王補心丹(てんのうほしんたん)」です。 中国漢方の五臓六腑(ぷ)理論では、「心」を大脳皮質の働きと、循環器系を統括するポンプとしての働きを総称したものととらえます。つまり、モノごとを考えたり判断する精神思惟(しい)活動は、「心」の支配下にあると認識しているわけです。
 腎虚の進行は、しばしば「心」にも影響するため、記憶力や判断力などの減退や痴呆(ちほう)などの症状がみられた場合には、「心」の病変を考え、腎虚と同時に治療することになります。
 天王補心丹は、その「心」と「腎」の異常を改善する方剤。つまり、足腰の弱り、精力減退などの老化現象とともに、「心」の衰えによってひき起こされる精神神経症状の改善に用いられるクスリというわけです。 配合されている生薬は、心臓を強める柏子仁(はくしにん)・酸棗仁(さんそうにん)・遠志、血行をよくする丹参・当帰、体液を増やし虚熱をとる地黄・麦門冬・天門冬、胃腸の働きを高め体力をつける茯苓(ぶくりょう)・党参、薬の効きめを上のほうへ持っていく桔梗(ききょう)、など。
 これは腎虚を改善する基本薬。六味地黄丸+強心剤+精神安定剤といった処方で、基本的には、心腎陰虚型の諸症状に適応する補腎薬として働きます。
 高齢化が進むにつれて、オフィスでも体力の低下やモノ忘れをぼやく同僚が増えてきます。天王補心丹で「まだまだ若い」という心意気をアピールしたいものです。
 
(藤本 肇・漢方ジャーナリスト)